「受け取ることはできない。」
「ど、どうしても・・・・・・ですか?」
「当然だ。・・・・・・悪いが、もう行かせてもらうぞ。」
俺は相手の返答も聞かずに、その場から離れた。
・・・・・・全く。先輩たちが引退し、俺が部長になってからは、以前にも増して、こうして呼び止められたり、呼び出されたりする機会が多くなった。この部のレギュラーになるだけでも相当注目されるが、部長ともなると、その比ではないらしい。・・・・・・今なら、少し跡部部長に同情したくもなる。どうせ、あの人のことだろうから、俺ほど気にしてはいないだろうが。
ただ、注目される割に、俺のことをよく知る奴は少ない。俺に彼女がいることなど知らずに、声をかけてくる奴が多い。それに、こっちは相手の名前も顔も知らない。そんな関係で、俺が何かを受け取ったりできるわけが無い。
世間には、変わった奴が多いものだと思いながら、部室のドアを開ける。・・・・・・すると、そこにも変わった人たちがいた。
「よう、日吉。遅刻じゃねぇのか〜?」
「やめとき、岳人。あの顔見ると、今日は機嫌良うないみたいやで?」
もう引退したと言うのに。相変わらず、この人たちは暇なようだ。
「・・・・・・で、何しに来たんですか。」
「ほら、岳人。余計に怒らせたみたいやで?さすがに、いつもはここまで冷たい口調とちゃうからなぁ。」
「何だよ、と言い、日吉と言い。なんで、今日に限って気分が暗ぇわけ?喧嘩したんなら、さっさと仲直りしろよな!」
、それが俺の彼女の名前だ。・・・・・・と言うか、いつも気になるんだが。の彼氏である俺でさえ、苗字で呼んでいると言うのに、なんでこの人は普通に下の名前で呼んでるんだ?馴れ馴れしすぎんだろ。
だが、今はそれ以上に気になることがある。
「の気分が暗い・・・・・・?」
「あぁ。久々に部室でも覘いてくかと思って来てみたんだけど。そこに、がいたんだよ。なぁ、侑士?」
「そうそう。ほんで、あんまり元気が無さそうやってん。俺らに挨拶した後、すぐに出て行ってしもたしなぁ。」
「が俺らを無視するなんて、絶対ねぇじゃん。日吉と喧嘩でもしたか、と思ったけど・・・・・・。」
「日吉も知らんようやなー?」
「・・・・・・はい。」
「そやったら、一体ちゃんはどないしたんやろ?」
「日吉も何かあったみてぇだけど、ちゃんと気にしてやれよ?」
「わかってます。」
言われてなくても、そのつもりだ。そう思った苛立ちと、2人してのことを名前で呼ぶことがまた気に食わなくて、厳しい口調で俺は答えた。
「おい。には、そんな口調で聞いてやるなよ?」
「岳人、あんま余計な口出しせんとき。」
などと話している2人を無視して、俺は部室を後にした。
部活を始め、その後の様子を少し見てみたが・・・・・・。いつもと変わらず、マネージャーの仕事をやってくれているようだった。
あの人たちに騙されたのか?と考えもしたが、念のためだ。
俺は休憩時間にの所へ向かった。
「、今いいか?」
「ん?どうかした?」
「今日、忍足さんと向日さんが来ていたが・・・・・・。」
「あぁ、部室にいらっしゃってたね!そういえば、コートの方には来られないけど・・・・・・。どうしたんだろう。呼びに行こうか?」
「そうじゃない。そんなことはどうでもいい。」
「どうでもいいことはないと思うけど・・・・・・まぁ、いいか。他に気になることでもあったの?」
「その2人がの様子を見て、いつもと違うと話していた。・・・・・・何かあったのか?」
「・・・・・・・・・・・・ごめん。何の事だか、ちっともわかんない・・・・・・。え、なんでだろう??」
「じゃあ、2人の気の所為だったんだな?」
「そうだと思うよ。別に何も無いもん。」
「そうか。・・・・・・なら、いい。」
「うん、心配してくれてありがとう。」
そう言って、は元気そうに笑った。・・・・・・何も無いように見えるが。あの人たちの勘違いだったのだろうか。それとも、やはり俺を騙そうと・・・・・・?あり得る。
「別に。・・・・・・どうせだから、今から部室の方も見てくる。用が無いなら、さっさと帰るよう言っておく。」
「ダメだってばー。先輩方には優しく!ね?」
楽しそうに返すは、いつもと変わらない。そう見えるんだが・・・・・・。
「あれ、日吉じゃん。部活中に何しに来たんだよ?」
「俺たちは休憩中です。それより、あなた達こそ、一体何しに来たんですか?用が無いなら、帰ればいいじゃないですか。」
「最初はな、俺らも軽く挨拶してから帰ろかと思てたんやけど、ちゃんの様子が気になったからなぁ〜。」
「そうそう!で?どうだったんだよ。ちゃんと聞いたか?」
「聞きましたが。特に何も無いと言われましたし、俺自身もそうとしか見えませんでした。」
「はぁ?!それ、マジで言ってんの??」
「いや、まぁ、岳人。理由はわからんけど、ちゃんは日吉には隠したいんかもしれんし。」
「だとしても、それもわかってやんのが彼氏だろ?・・・・・・日吉。が何ともねぇわけはねぇから、もっかいちゃんと聞いて来い。」
「岳人、そないな言い方しても・・・・・・。」
「何だよ。侑士はが心配じゃねぇのか?!」
「そりゃ心配やけど、日吉のことも考えたり。・・・・・・まぁ、日吉。俺らでもわかるぐらいにちゃんは落ち込んでるみたいやったから、たぶん何かで悩んでるとは思うで?ただ、日吉には言いたくないんか、それとも、ただ心配をかけまいとしてるんか。・・・・・・どっちも、ちゃんならありそうやろ?そやから、じっくり聞いてみ。」
「・・・・・・わかりました。」
「どーしても無理そうだったら、また戻って来い。俺らも何とかしてやる。」
「いえ、そんな心配は必要無いので、さっさと帰ってください。」
「お前・・・・・・!こっちはお前らのことを・・・・・・!!」
「まぁまぁ、岳人。」
そんな2人の声を背に、俺は部室を出た。
この人たちと会話をしているのも苛立つが、それよりも、が俺に何かを隠そうとしているかもしれないことに腹が立つ。
・・・・・・とは言え、そんな口調で聞いては駄目だと、少し心を落ち着けてから、俺はにもう1度声をかけた。
「部室の様子、見てきたぞ。」
「あ。おかえり、日吉。どうだった?まだいらっしゃった?」
「あぁ。・・・・・・それで、2人ともやはりお前の様子が気になると話していた。その原因を知るまでは帰らないつもりらしいから、できれば話してくれないか?」
「そう言われても・・・・・・。心当たりが無いからなぁ〜。」
その言葉を聞いて、思わずきつく言いそうになるが、あえて俺は冷静に低いトーンで返した。
「。本当に、無いんだな・・・・・・?」
「え・・・・・・?」
「俺に嘘をついたりしないよな・・・・・・?」
「う・・・・・・。」
「どうした?」
明らかに動揺する。・・・・・・やはり、何かあったのか。
じゃあ、なぜ俺に隠す?それに、俺はあの人たちに言われるまで、気付けなかった。
その両方に苛立ち、さすがに俺も我慢の限界がきた。
「・・・・・・ごめん。正直に言うと、心当たりはあります。でも!先に質問させて!!」
「何だよ。」
「逆に、日吉も何かあったんじゃないの??」
「お前・・・・・・。自分は話さないくせに、俺には話せと言うのか?」
「だから、ごめんって!!でも、お願い。日吉は今日、何か無かったか、教えて?それを聞いたら、私も言うから!」
「・・・・・・俺が話せば、絶対に言うんだろうな?」
「うん!それは約束する。だから、お願い。良い意味でも悪い意味でもいいの。今日、日吉の調子が狂わされたな、って思ったこと、何か無かった?」
本当は俺から質問したのだから、俺から答えることに納得はしていないが。そうでもしないと、は言う気が無いらしい。
・・・・・・全く。良い意味だか悪い意味だか知らないが、俺にとって1番調子を狂わされるのは、自身だというのに。
「じゃあ、まず、忍足さんと向日さんが来ていたこと。それだけでも、あまり良い気分ではないと言うのに、その人たちが俺よりも先にの異変に気付いたこと。それから、その原因をが俺に隠そうとしたこと。その所為で、こうして調子を狂わされている。」
「・・・・・・それだけ?」
「今のところ、思い付くのはそれぐらいだ。」
「他には無いの?部活が始まるまでの時間で。」
「部活時間までは、いつもと変わらない生活だったが?」
「じゃあ、部室に来る前!何かあったでしょ?」
「・・・・・・どういう意味だ?は、部室に来る前の俺の身に何が起きたのか知っているのか?」
「・・・・・・。女の子に、何か渡されていたでしょ?」
それを聞いて、そういえば、と思い出した。たしかに、あのときは少し機嫌が悪くなった。だが、そんなことよりも、の絡んでいる出来事の方が重要だ。
「それもあったが・・・・・・。そんなことは忘れるぐらい、今はお前のことが気にかかる。だから、今度はの番だ。何があったんだ?」
「今の話を聞いて、わかったと思うけど・・・・・・女の子が日吉に何かを渡そうとしている場面を見ちゃったから、ちょっと気分が良くなかっただけ。」
「俺はちゃんと断っていただろ。なんで、気分が良くないんだ?」
「だって・・・・・・。やっぱり、他の女の子にも好かれてるだなんて、素直には喜べないよ。あの女の子の方が可愛かったのに、とか思っちゃうし・・・・・・。」
俺と目も合わせようとはせずに、は弱々しい声で説明をした。だから、間違いなく、忍足さんと向日さんが言っていたのは、このことが原因だったんだろう。
そうだとしても、俺には理解できなかった。
「可愛かったかどうかは知らないが。そうだとしたら、どうなんだよ?」
「・・・・・・その子の方が、日吉と釣り合う彼女になるのかな、とか、思わなくもないから。」
「お前は、俺が自分と釣り合わないと思ったら、別れるのか・・・・・・?」
「えっ?!そ、そんなわけ無いよ!!」
「じゃあ、釣り合うとか釣り合わないとか、関係無いだろ。」
「そうなんだけど・・・・・・。でも、あの子と付き合っていた方が、日吉も幸せだったかもしれない、とか余計なことを考えちゃって・・・・・・。」
「はぁー・・・・・・。自分でわかってるんだろ、余計なことだと。」
「うん・・・・・・。」
依然として沈んだ顔の。俺は、それを戻したいだけだ。を責めたいわけじゃない。
だから、また出そうになるため息を抑え、できるだけ平然とした声で返した。
「・・・・・・安心しろ。そうやってが悩んでいたことにも気付けないぐらいの俺が、そんな発想をできるわけが無いだろう?」
「うん。」
「もちろん、今聞いたからと言って、今後もそんな考えをするわけが無い。」
「うん・・・・・・。」
「だから、そんな顔をするな。俺にとっては、お前の落ち込んだ姿を見ていることの方が、よほど調子を乱される原因になるんだからな。」
「・・・・・・わかった、ありがとう。」
俺の努力の甲斐もあり、はようやく自然に笑ってくれた。
本当に・・・・・・世話の焼ける奴だ。だが、それでもいいと思えるのも、お前だけなんだからな。
などと考えもするが、やはりの言ったことは理解できない。俺が何かを渡されている、という場面を見ただけで、なんであんな考えに至るのだろうか。
「よっ、今度は上手く聞けたか?」
さっさと報告し、2人に帰ってもらおうと部室に戻ってくると、早速向日さんがそう言った。
本来なら、詳しく説明したくはないが、この人たちのことだ。どうせ、ちゃんと聞くまで納得できないとでも言ってくるだろう。
俺はさっきの事情を話し、ついでに本音をぶつけておくことにした。
「――ですが、俺には正直、がなぜそこまで考えるのかが理解できません。」
「まぁ、それはそれでええんちゃう?日吉の言う通り、理解できへん限り、そういう考えにはならへんってことやからなぁー。」
「でもよ、日吉。お前が逆の立場だったらどう思うわけ?」
そう言われ、が他の男に何かを渡されている場面を想像する。・・・・・・・・・・・・。
「日吉ー、眉間にしわ寄ってんぞー。」
「そういうことや、日吉。これで、多少はちゃんの気持ちもわかったやろう。ほな、俺らはそろそろ帰ろか。」
「だな。また何かあったら、気軽に頼れよ!」
2人は出て行ったが、その間も俺は考えていた。・・・・・・やはり、俺はの考えを理解できない。
たしかに、そんな場面を見たくない、という気持ちはわかる。だが、それがあのような考えにはつながらない。俺としては、単純にその男の存在が許せないだけだ。何も、そっちの男の方がに釣り合うんじゃないだろうかとか、その方がも幸せだっただろうかなどとは思うわけが無い。
もし釣り合いを気にするなら、俺がに見合う男になればいいだけのこと。そして、本当に幸せになってほしいと考えるなら、自分でを幸せにすればいいだけのこと。
それを説明すれば、はわかってくれるだろうかと考えて、俺は頭を振った。・・・・・・そんなこと、言えるわけがねぇだろ。
俺は何食わぬ顔での所へ戻り、平常心で声をかけた。
「ようやく、帰ってくれた。」
「もう・・・・・・。また、そんな言い方してー。」
「・・・・・・。」
「なに?」
「あんな人たちに心配される前に、俺に話せよ?俺も気付けるよう、努力はするが。」
「・・・・・・うん、ありがとう。」
それなのに、お前のその笑顔を見れるのなら・・・・・・、と思い直してしまった俺は、結局そのことを話してしまった。
くそう・・・・・・。こうやって、俺が悔しく思いつつも、お前に喜んでもらえて良かったなどと嬉しがっていると、お前は思いもしないんだろうな。実際、俺自身だって予想外なのだから。・・・・・・本当、お前には振り回されてばかりだ。
俺も自嘲にも似た笑みを、に返しておいた。
とにかく、イライラする日吉くんを書いてみたかったのでしたー(笑)。そして、気付けば長くなりましたー(苦笑)。その割に、オチが微妙になりましたー(滝汗)。・・・・・・はい、すみません;;
こんな作品ですが、最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました!!
それと、もう1つ書きたかったのは、お兄ちゃんな忍足さんと向日さんです!(笑)日吉くんは「面倒だ」などと言うでしょうが、きっと先輩方に助けてもらっていると思うのです。どんなに日吉くんが(表面上)突き放そうと、「放っておけない」と思ってくれる、そんな素敵な先輩方に囲まれていると思います。
というわけで、今回は私的に書きやすい忍足さん&向日さんに出ていただきました(笑)。
('10/09/30)